映画にもなった「白ゆき姫殺人事件」は、映画と原作の小説とで、ラストのシーンが違う。

会社の(白雪のように美しい)同僚、典子が殺された事件で、SNSや週刊誌によって、まるで犯人かのように、個人情報を公開されてしまう主人公、美姫(白雪姫を思わせる名前)。
週刊誌の記者に、友人や同僚、元恋人、両親までもが主人公、美姫の不利益になるような証言をする中、唯一、幼馴染の友人だけが害のある発言を控える。

映画のラストシーンでは、その幼馴染と美姫が、お互いを思いあうシーンがあるのだ。(原作にはこのシーンはない。美姫は、週刊誌記者が歪めて書いた記事を読んで、幼馴染を誤解したまま)
映画監督の作品への解釈が見えるところで、希望のある暖かい物語になり良かった。


私の考えは全然違って…

最終章で真犯人が捕まって、美姫の無実が判明されるのだけど、私は、美姫が故意的に、典子が殺害されるようにもっていったんじゃないかと思った。そういう風に考えられるように書かれている。

美姫は、眠った典子を乗せた車を、鍵をつけたまま、灯油をのせて、真犯人のガレージに置いた。美姫が真犯人と典子の関係が上手くいっていないことを知った後だった。美姫は典子に恋人を奪われるなど、精神的苦痛を受けていた。物語最後の美姫の言葉が意味深。
私は私がいた場所へ戻り、これまでと同じ日常が始まる。だけど。白ゆき姫はもういないー。

小説の形式は「籔の中」のように、登場人物がそれぞれ一人称で語る方式で、一つの事実が、それぞれの立場で全く違うように見えるというもの。 白ゆき姫殺人事件①
最終章は主人公目線で無実が書かれているんだけど、これまでの人の噂と食い違いが大きい。
そうであるなら、美姫目線の証言もまた、事実を自分の都合のよいように言っていると考えるのが打倒だと思う。

白ゆき姫殺人事件
湊 かなえ
集英社
2012-07-26