和歌山という字は、和歌に山と書きます。和歌を詠む人が山のようにいるという意味です。

和歌山では、みんな和歌で会話をします。

「あらいやだ 雨がザーザー きちゃったわ 洗濯物を 干したままなの」
と出先で母が言えば、

「おやおやおや それはそれとし もう昼だ 何か美味しい もの食べに行こ」
と父が答えるのです。

ところが主人公、詠は和歌を詠むことができません。詠は悩み、家を、そして和歌山を飛び出します。
大阪では、皆、大阪弁で話しています。和歌を会話に使う人は一人もいません。和歌が読めないことで劣等感を感じることもないのです。詠は胸にひっかかりを感じながらも、大阪弁をしゃべり、アルバイトをして暮らしはじめます。

ある日、アルバイト先のスーパーに強盗が押し入りました。人質をとる強盗。緊迫した空気の中、ふいに詠の頭の中に一つの和歌が浮かびます。

「頼りすぎ 親も子も同じ 人なんだ 正しいものが何かしらない」

詠が和歌を詠むと、強盗は泣き崩れました。

そこから、和歌が、那智の滝のように、詠の頭の中に流れ込んできました。

詠は父母のいる和歌山に帰ります。そこで、沢山の問題を和歌で解決し、和歌山の人々を助けるのでした。


映画化の際のトレイラ―の文句は、
「ここは、和歌 山だ!」
にしたいと思います。