「人間が一番怖い。人間ほど、怖いものはない」
 
戦争を体験した祖母はよくそう言っていた。

 
1945年8月6日、広島に16キロトンの原爆が投下。
1945年8月9日、長崎に21キロトンの原爆が投下。

原子爆弾投下でどれくらいの方が亡くなったのか。家族全員死亡した場合は届け出る人が居なかったり、疎開に来ている方がいたり、後遺症で亡くなられた方など、正確な数を出すことは不可能だけれど、条件範囲を区切って、おおよその数は発表されています。

長崎 長崎原爆資料館より:
1945年12月末まで(原爆投下から約5か月間)に亡くなられた人の数は、73,884人。当時の長崎の人口は約24万人。人口の約三分の一が亡くなられている。


広島 ヒロシマの心をつたえる会より:
当時の広島の人口は約35万人。12月末まで(原爆投下から約5か月間)に亡くなられた人の数は約14万人と言われている。人口の五分の二の方が亡くなられている。

なぜ広島が狙われたのか、「ヒロシマの心をつたえる会」には次のように書いてある:
地形的に、原爆の力を試すのに適していた。空襲の被害が少なく、町がほぼ完全な形で残っていた。
なんて怖いことを考えるんだろう。原爆は無差別に人を殺すもの。それを実行にうつせる冷酷さ。

広島・長崎の原爆の後も実験を繰り返す国々。原爆を許可する人は、爆心地から遠く離れたところに居て、国家の安全保障という名のもとに、民間人の基本的人権と自由を犠牲にする。


他、参考資料:
表. 被爆当時の広島・長崎の推定人口および推定急性(被爆から2-4カ月以内)死亡者数
都 市
被爆当時の推定人口
推定急性死亡者数(範囲)
広島市
34万-35万人
9万-16万6千人
長崎市
25万-27万人
6万-8万人


公益財団法人 放射線影響研究所